『サークレット・ガーディアン』 38:Pink Grossular
『サークレット・ガーディアン』 38:Pink Grossular です。
初めての方は目次からどうぞ。
「おやおや、こちらあんたの奥さんかい? いいね、夫婦で買い物とは」
店の女主人は二人のやりとりを微笑ましそうに見守っている。
「あのな、夫婦じゃねーっての!」
「そうだ、まだプロポーズはされていない」
トーザノスからバギーで一時間半、ようやく着いた小さな町で、ルオウとアエレイは市場を覗いていた。
流石に隣国が帝国に襲撃された所為か、店の出も品物もイマイチだ。
物価は上がり、本来なら活気に溢れている筈の市が、どんよりと暗く重たい空気に支配されている。
其れでも、何とかみつけた洋服店で、ルオウはアエレイに似合いそうな服を物色していた。
「アエレイ、お前はどういう服が好みなんだ?」
「好み? 動き易ければ其れで良い」
何故そんなことを訊くのか解らないと言ったように、アエレイは首を傾げる。
「いや、そうじゃなくてだな、スカートとかフリルとか……」
一応女性でもあるアエレイだ。それらしい服が着たいのではないかと、ルオウなりに気を利かせたつもりなのだが、当の本人はきょとんとしている。
「装飾の華美な物は動き難いだろう?」
「だから、そうじゃなくて! 乙女心とか何とかだな!」
「私は乙女ではない」
全く自覚のないアエレイに、ルオウは頭を抱えた。
「おやおや、こちらあんたの奥さんかい? いいね、夫婦で買い物とは」
店の女主人は二人のやりとりを微笑ましそうに見守っている。
「あのな、夫婦じゃねーっての!」
「そうだ、まだプロポーズはされていない」
「そう言う問題じゃねーだろッ!!」
「そうだったな、私たちは出逢ったばかり。
先ずは清い交際から始めねばならないのだったか?」
「違うだろッ!!
解ってて態と言ってるだろう、アエレイ?」
「何だ、ばれてたのか」
「…………」
何が悲しくてこんなところで漫才をしなくてはならないのか。
本気で犯してやろうかと思えてくる。
大体普段はルオウに女性扱いされると、「私は男だ!」と否定する癖に、何故こう言うときに限って否定しないのか!?
商品の並べられたカウンターに突っ伏して黙りこくるルオウを余所に、アエレイは店のウィンドウに飾られたシンプルな白い服に気付き、真っ直ぐ其方へと向かって行った。
「おや、お目が高いね。その服は入ったばかりの目玉商品だよ」
女主人はマネキンからその服を脱がし、アエレイに当ててみせようとして、左腕の肘から下が無いことに気付き、一瞬顔を強張らせた。
が、直ぐに気を持ち直し、柔らかな物腰を取り戻す。
「うん、こりゃ驚いたねぴったりじゃないか!
アタシもデザインに惹かれて衝動的に入荷しちまったのはいいが、この服を着こなせそうな人間なんてそうそう居ないだろうって、半ば諦めてたんだよ。
紳士物にしちゃ小さいし、婦人用にしちゃラインが合わないしね」
この辺りの人間は気候に順応してか、大概此の女主人のように小柄でふくよかだ。
こういったデザインの服を着こなす者を探すのも一苦労だろう。
げっそりカウンターに突っ伏していたルオウはアエレイの方を見遣り、目を見開いた。
その服は、確かにアエレイにあつらえたかのように似合っていた。
品の良い白い生地と、釦や刺繍に使われた青い石。見かけないデザインだが、生地も縫製もしっかりしていそうだ。
アエレイは青い石の飾りを愛しげに撫でている。
「この石はアズライトだ…」
「そう。バルバロッサの有名デザイナーの服さね」
「へぇ……」
感心の溜息を吐いたルオウに、アエレイは服を胸に当ててくるりと振り返ってみせた。
「ルース、どうだ似合うか?」
「……ッ」
嬉しそうな笑顔が眩しくて、言葉が出てこない。
此奴はこんなに綺麗だったか?
別嬪だとは思っていたが、もっと近付きがたい雰囲気が濃厚で、まさかこんな……
「ルース?」
「あっ、あ、…いや、似合うぜ!」
ハッと我に返り、慌てて頷く。
つい、見とれてしまうくらいよく似合う。
「そうか」
満足そうに微笑んで、然しアエレイはその服を女主人へと返した。
「何だよ、其れにしないのか?」
「そんな余裕はないだろう? 別に私はルースのお古でも一向に構わないのだし。
寒さが凌げれば事足りる。大騒ぎしているのはヴァズとお前だけだ。
其れより、食料を多目に買わなければお前には足りないだろう?」
「アエレイ……」
「なんだい良いのかい? 残念だね、折角似合っていたのに」
女主人も残念そうだ。
アエレイは全く頓着せず、手頃な値段のシャツとスラックスを何枚か選んだ。
「ルース、此処はもう良い。行こう」
「ああ……」
店を出て、食料品を買い込む間も、ルオウの頭から先程の服を着たアエレイの姿が焼き付いて離れない。
バギーに荷物を積んでいざ帰ろうというときになっても、ルオウは吹っ切ることが出来なかった。
「アエレイ、喉渇かないか?」
「喉?」
「直ぐ其処に飲み屋がある。昼間は軽食もやってんだよ、何か飲んでいかないか?」
「…構わないが、ヴァズが待って居るんじゃないのか?」
「まぁまぁ、堅いこと言うなって!」
ルオウはアエレイの右腕を掴み、引っ張って行った。
店に入るとカウンターの席へと連れて行き、さりげなく声を上げる。
「おおっと! いけね、買い忘れがあった!」
「? 買い物なら万全の筈だ」
「大事なモンがあんだよ。良いから、お前は此処で一寸待ってろよ。急いで買って戻ってくっから」
「……私は留守番なのか?」
不服そうなアエレイの頭に、外套のフードを被せる。
「直ぐだよ、直ぐ。一寸行って直ぐに戻ってくっから、此処で大人しくしてろ。
良いか? 帝国兵に見つかるなよ? フードを被って、じっとしてろ」
「…………何か企んでいないか?」
「無い無い」
目に前で片手をパタパタと振るが、アエレイの不信感は完全には拭えなかったようだ。
「まぁ、良い。お前が居なくても大概のトラブルは私一人で何とかなる。行ってこい」
「お、サンキュ♪ じゃな?」
頬に軽くキスをして、店を出る。
残されたアエレイはキスを受けた頬に手を当て、胡散臭そうに戸口を睨んでいたが、諦めて席に着き、軽い飲み物を注文した。
一方、飲み屋を後にしたルオウは先程の衣料品店に向かっていた。
勿論、先程の服をアエレイにプレゼントしてやるつもりで。
左腕の代わりのギミックは無理だが、洋服ぐらいなら何とかなりそうだ。
少しでもアエレイの喜ぶ顔がみたいだなんて、自分もどうかしいてる。
だが、このときルオウはアエレイの笑顔で頭がいっぱいで、彼が再び酒場に戻ったとき、大変な事件が起こっていようとは思いもつかなかった───。
続く
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「おやおや、こちらあんたの奥さんかい? いいね、夫婦で買い物とは」
店の女主人は二人のやりとりを微笑ましそうに見守っている。
「あのな、夫婦じゃねーっての!」
「そうだ、まだプロポーズはされていない」
トーザノスからバギーで一時間半、ようやく着いた小さな町で、ルオウとアエレイは市場を覗いていた。
流石に隣国が帝国に襲撃された所為か、店の出も品物もイマイチだ。
物価は上がり、本来なら活気に溢れている筈の市が、どんよりと暗く重たい空気に支配されている。
其れでも、何とかみつけた洋服店で、ルオウはアエレイに似合いそうな服を物色していた。
「アエレイ、お前はどういう服が好みなんだ?」
「好み? 動き易ければ其れで良い」
何故そんなことを訊くのか解らないと言ったように、アエレイは首を傾げる。
「いや、そうじゃなくてだな、スカートとかフリルとか……」
一応女性でもあるアエレイだ。それらしい服が着たいのではないかと、ルオウなりに気を利かせたつもりなのだが、当の本人はきょとんとしている。
「装飾の華美な物は動き難いだろう?」
「だから、そうじゃなくて! 乙女心とか何とかだな!」
「私は乙女ではない」
全く自覚のないアエレイに、ルオウは頭を抱えた。
「おやおや、こちらあんたの奥さんかい? いいね、夫婦で買い物とは」
店の女主人は二人のやりとりを微笑ましそうに見守っている。
「あのな、夫婦じゃねーっての!」
「そうだ、まだプロポーズはされていない」
「そう言う問題じゃねーだろッ!!」
「そうだったな、私たちは出逢ったばかり。
先ずは清い交際から始めねばならないのだったか?」
「違うだろッ!!
解ってて態と言ってるだろう、アエレイ?」
「何だ、ばれてたのか」
「…………」
何が悲しくてこんなところで漫才をしなくてはならないのか。
本気で犯してやろうかと思えてくる。
大体普段はルオウに女性扱いされると、「私は男だ!」と否定する癖に、何故こう言うときに限って否定しないのか!?
商品の並べられたカウンターに突っ伏して黙りこくるルオウを余所に、アエレイは店のウィンドウに飾られたシンプルな白い服に気付き、真っ直ぐ其方へと向かって行った。
「おや、お目が高いね。その服は入ったばかりの目玉商品だよ」
女主人はマネキンからその服を脱がし、アエレイに当ててみせようとして、左腕の肘から下が無いことに気付き、一瞬顔を強張らせた。
が、直ぐに気を持ち直し、柔らかな物腰を取り戻す。
「うん、こりゃ驚いたねぴったりじゃないか!
アタシもデザインに惹かれて衝動的に入荷しちまったのはいいが、この服を着こなせそうな人間なんてそうそう居ないだろうって、半ば諦めてたんだよ。
紳士物にしちゃ小さいし、婦人用にしちゃラインが合わないしね」
この辺りの人間は気候に順応してか、大概此の女主人のように小柄でふくよかだ。
こういったデザインの服を着こなす者を探すのも一苦労だろう。
げっそりカウンターに突っ伏していたルオウはアエレイの方を見遣り、目を見開いた。
その服は、確かにアエレイにあつらえたかのように似合っていた。
品の良い白い生地と、釦や刺繍に使われた青い石。見かけないデザインだが、生地も縫製もしっかりしていそうだ。
アエレイは青い石の飾りを愛しげに撫でている。
「この石はアズライトだ…」
「そう。バルバロッサの有名デザイナーの服さね」
「へぇ……」
感心の溜息を吐いたルオウに、アエレイは服を胸に当ててくるりと振り返ってみせた。
「ルース、どうだ似合うか?」
「……ッ」
嬉しそうな笑顔が眩しくて、言葉が出てこない。
此奴はこんなに綺麗だったか?
別嬪だとは思っていたが、もっと近付きがたい雰囲気が濃厚で、まさかこんな……
「ルース?」
「あっ、あ、…いや、似合うぜ!」
ハッと我に返り、慌てて頷く。
つい、見とれてしまうくらいよく似合う。
「そうか」
満足そうに微笑んで、然しアエレイはその服を女主人へと返した。
「何だよ、其れにしないのか?」
「そんな余裕はないだろう? 別に私はルースのお古でも一向に構わないのだし。
寒さが凌げれば事足りる。大騒ぎしているのはヴァズとお前だけだ。
其れより、食料を多目に買わなければお前には足りないだろう?」
「アエレイ……」
「なんだい良いのかい? 残念だね、折角似合っていたのに」
女主人も残念そうだ。
アエレイは全く頓着せず、手頃な値段のシャツとスラックスを何枚か選んだ。
「ルース、此処はもう良い。行こう」
「ああ……」
店を出て、食料品を買い込む間も、ルオウの頭から先程の服を着たアエレイの姿が焼き付いて離れない。
バギーに荷物を積んでいざ帰ろうというときになっても、ルオウは吹っ切ることが出来なかった。
「アエレイ、喉渇かないか?」
「喉?」
「直ぐ其処に飲み屋がある。昼間は軽食もやってんだよ、何か飲んでいかないか?」
「…構わないが、ヴァズが待って居るんじゃないのか?」
「まぁまぁ、堅いこと言うなって!」
ルオウはアエレイの右腕を掴み、引っ張って行った。
店に入るとカウンターの席へと連れて行き、さりげなく声を上げる。
「おおっと! いけね、買い忘れがあった!」
「? 買い物なら万全の筈だ」
「大事なモンがあんだよ。良いから、お前は此処で一寸待ってろよ。急いで買って戻ってくっから」
「……私は留守番なのか?」
不服そうなアエレイの頭に、外套のフードを被せる。
「直ぐだよ、直ぐ。一寸行って直ぐに戻ってくっから、此処で大人しくしてろ。
良いか? 帝国兵に見つかるなよ? フードを被って、じっとしてろ」
「…………何か企んでいないか?」
「無い無い」
目に前で片手をパタパタと振るが、アエレイの不信感は完全には拭えなかったようだ。
「まぁ、良い。お前が居なくても大概のトラブルは私一人で何とかなる。行ってこい」
「お、サンキュ♪ じゃな?」
頬に軽くキスをして、店を出る。
残されたアエレイはキスを受けた頬に手を当て、胡散臭そうに戸口を睨んでいたが、諦めて席に着き、軽い飲み物を注文した。
一方、飲み屋を後にしたルオウは先程の衣料品店に向かっていた。
勿論、先程の服をアエレイにプレゼントしてやるつもりで。
左腕の代わりのギミックは無理だが、洋服ぐらいなら何とかなりそうだ。
少しでもアエレイの喜ぶ顔がみたいだなんて、自分もどうかしいてる。
だが、このときルオウはアエレイの笑顔で頭がいっぱいで、彼が再び酒場に戻ったとき、大変な事件が起こっていようとは思いもつかなかった───。
続く
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